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料理人から見た北朝鮮

昨今北朝鮮がにぎやかだ。

そんな風に言ってられるのも今のうちかと思ったり、ただのハッタリだろうと思ってみたり。

 

北朝鮮の料理と言われてもいまいちピンとくるものは無い。韓国料理の方が馴染み深いのは当然だろうし、北朝鮮に料理文化などあるのか?とすら思う人がいてもおかしくない。

 

料理人からすると、料理というのはその国や土地に住む人が生み出し織りなしてきた文化そのものと思っている。

 

ミクロで言えば、我々は母親の料理に感謝すべきであり、今自分が感じている味覚に対する五感が全てそこから始まっているわけで。

 

マクロで言えば、生まれた土地が生み出す資源に感謝すべきなのだが、日本においてはもはや日本だけの資源では成立していないのが現実で、そもそもグローバル化しちゃってるので料理に対する文化的な知見というのは稀薄になっているのではないかとすら思える。

 

うろ覚えだが韓国料理でも有名な冷麺は、北朝鮮が発祥だったような気がする。

 

北朝鮮という国はかの第二次世界大戦の後、朝鮮戦争によって南北に分断された社会主義国である。資源に乏しく海にすら面さず、中国とロシアに挟まれた弱小国と呼んで差し支えない。

 

だが朝鮮戦争に米国が参戦しなければ、今の韓国は無かった。北朝鮮はすでに済州島近辺まで一時的には制圧していた経緯がある。

 

アメリカさえいなければ、朝鮮は統一国家として金ファミリーの元で社会主義国だったのだ。

 

そういう意味ではアメリカ憎しとしても仕方ない。

 

資源を持たない国が生きていくのは大変だ。海から魚も捕れず、山は鉱山系が多いらしく食料的な資源には乏しい。まして、緯度も高いので気候も厳しい。

 

朝鮮式冷麺にはそうした国ならではの工夫がある。ひとつは唐辛子だ。寒さを凌ぐためのカプサイシンの摂取は朝鮮人にとっては遺伝子レベルで組み込まれた自然の摂理だったろう。

 

唐辛子と塩で保存食品を生み出したのも寒い地域を生き抜く人間の知恵だ。

 

何より驚かされたのは麺だ。あの剛麺はどうやって作っているのかと言えば、熱湯で練り上げているのだ。同じ事を日本でしても意味は無い。日本は北朝鮮に比べたら高温多湿で、麺生地を熟成させることが可能だ。中国は湖がアルカリ性の水だったおかげで小麦グルテンを強化することができた。

 

北朝鮮は寒い気候の中で粉を熱湯で練ることを発見した。そうすることによって短時間でグルテンを引き出し、食感の良い麺を作り上げた。

私もそんなに朝鮮料理のなんたるかは知らない。

 

だが、人間とは等しく存在する知恵を武器にした生物である。シリアで生まれようが南アフリカで生まれようが、北朝鮮で生まれようが、血と涙を流して頭を働かし額に汗して今を生きていることに変わりはない。

 

そういうことを料理を通して思うことがある。

 

先日、部下から[イタリアンとはなんだろう?と思うんです最近]とボソッと言われた。たかだか二年近い料理経験しかない彼だが、いろいろ料理を教えていくうちにそんな言葉が出るようになった。

 

どこの国の料理もよく考えて作られている。その土地の風土を、生活を、最大限に使って。イタリアンがフレンチが偉いわけではない。もちろんダメなわけもない。洗練された料理がそこにあるだけだ。

 

問題はそこからどんな背景を汲み取るかだと思う。料理からその国の人々を見透かすこともできるし、作ってくれた人の性格だってわかる。

 

そしてやはり料理は芸術ではないと私は思っている。

 

料理は誰でも作れる。作らなければ生きていけない。料理とはそういう生活の根幹であるのであって、芸術の類ではないと思う。もちろんお金を取るなら芸術的要素も不可欠だろう。けれどもそこに重きを置くべきではない。

 

料理に必要なのはその人のバイタリティ、人生そのものが現れてないといけないと思う。つまらない料理人の傲ったメシを食わされるくらいなら、コンビニメシの方が遥かに良く考えて作られている。

 

ホワイトハウスの料理人はトランプに冷麺を作ってやれば良いのにと思う。

 

ただまぁ、それでどうなるものでもないのも、確かだけど。